トップページ > 淡路子どもの心研修会 > LD児・ADHD児の教育を考える」〜どこでつまずくのか〜
 
大阪教育大学障害児教育講座教授 竹田契一

1 LDとは
 文部省(現在の文部科学省)は、平成11年7月2日にLDについての報告書をまとめ、発表しました。それによるLDの定義を、次に示します。

 学習障害とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を指すものである。
 学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害予、環境的な要因が直接の原因となるものではない。
          平成11年7月2日(文部科学省)

 文部省が認めたLDの定義には、『LD』ということばは使われず『学習障害』になっていますが、学習障害は基本的には『全般的な知的発達に遅れはなく、年齢なみの知的発達をしている』と述べています。また、『人の話を聞く、話す、読む、書く、計算する、推論する等の特定の能力の習得と、それを使うことに著しく困難を示す様々な障害を指す』としています。
 これは、教育的配慮から、LDを非常に幅を広くとっていることを示しています。後に述べる、SLDと呼ばれている子どもを含めた相当幅広い存在として捉えていることを示しています。
 以下、LDと呼ばれる子どもやSLDについても説明していきます。

2 LDとその他の障害(知的障害、ADHD、高機能自閉症)
 右の図は、LDとの鑑別診断が必要な子どもを図示したものです。LDを見分けようとすると、まず問題になるのが、知的障害との鑑別診断です。後に述べるブライトLDの考え方でも述べますが知的能力の低いLD群も実際には多く、知的障害であるという場合、IQで言うとおおむね70以下となりますが、この境目にいる子どもが多いのも現状です。一概にLDとも知的障害とも言い難い子どもです。より厚い教育的援助が必要な子どもと掟え、LD的部分には、LDの考え方をうまく使う必要があります。
 ADHD(注意欠陥・多動障害)は、行動と注意を中心とした障害ですが、行動・注意のコントロールが授薬で可能になるケースもあり、その反面投薬でのコントロールが効かない子どももいます。小児神経科医、児童精禅科医と相談して教育を進めていく必要があります。また、その半数以上がLDを合併しており、この点を十分捉えておく必要があります。
 LDではないかと相談を受ける子どもの中には、広義に広汎性発達障害(または自閉性障害)と呼ばれる高機能自閉症牟アスペルガー症候群の子どもも含まれています(この2つを合わせて高機能自閉症と呼ぶ場合もあります)。幼児期にこだわりなどの自閉的特徴を示し、それが軽減しており、知的にも高く、コミュニケーションもとれないというほどではありません。アスペルガー症候群の子どもではむしろしやべりすぎるという問題を持っています。LDとの基本的な違いは、学習上の問題はさほどではなく、むしろLDでは二次的な問題である社会性により問題を多く示します。一人で孤立している、他者の心情が理解できない、自己中心的でわがままであるといったことで、集団から逸脱しやすく、先生を困惑させることが問題の中心です。
 この中にも説明している語用論の障害が顕著で、この面の問題が大きい場合にはLDよりも高機能自閉症を疑う方がよいかもしれません。診断は、基本的に児童精神科医領域になります。
 これらの違いを知っておく必要は、診断によってADHDのように治療が可能な場合や、対処の方法が違ったり、将来を見据えると、教育で重点をおく点が異なってくるからです。

3 LDには二種類の考え方
 LDには、二つの考え方があります。一つは、Learning Disabilitiesと言い、強いて日本語に訳せば『学習能力障害』と訳せる考え方です。一般に使われている「LD」がこれにあたります。もう一つは、Learning Differencesと言って、『学び方の違う子』という考え方で、アメリカのカリフォルニア州を中心に、広く一般に使われている用語です。
 早くからLD問題に取り組んでいるアメリカでは、LDを説明するときに、「デイスアビリティズ=障害」と言う表現を使わず、『デイフアレンスズ=学び方が違う』という説明を受けます。

   LDとは、“LearningDifferences”!!−字び方の違う子−

    40人学級の授業についていけない
    スピード、リズムが異なる
    今の指導方法では理解できない
    聴覚、視知覚、記憶、メタ認知がアンバランス

キゃヒネットにファイルが詰まっていないのではない!!

・読むことが苦手
・書くことが苦手
・算数が苦手
・記憶が苦手
・注意集中に欠ける(じっと座っているのが苦手)
・整理整頓が下手
・場所、左右、時間が混乱
・運動が不器用

 これもLDには違いありませんが、この説明で親に納得してもらいやすくなります。これは、いわば親向けのLDの定義といえます。
 本人には、「君には君の学び方のルールやリズムがあるんだよ。君にみんなと同じ(指導要領に沿った)教え方をそのまま当てはめても、うまくいかない。君の学び方で学ばうね」「君に教えるときには、もっとスモールステップで(細かく具体的に)やっていかないと、学びにくいのだよ」といったことを説明します。
 すなわち、『学び方は違うけれども、その子にあった学び方をすれば伸びるよ』ということを意味しているわけです。これは、親や本人にとって、大変見通しの明るい説明になります。
 
4 SLDとは
 LDの出発点は現在『SLD』と呼ばれている子ども達のもつ問題です。Sはspecific(特異的)という意味で、dyslexia(読字障害)などの子どもがこれに該当します。知的には問題がなく、いろいろなことが十分できるのに、どういうわけか読むことができない子どもがいることが、LDの出発点だったのです。そして、調べていくうちに読めないだけでなく、書けないということも分かってきました。
 読むことについては、文章全部が読めないのではなく、1文字1文字読むという読み方(逐次読み)になります。そのため、読むのに精一杯で内容理解ができないのです。また、文字や行を飛ばし読みをする、間違って読むなどということも読みの問題です。この2つの問題は、その原因が異なりますが、現象的には読み書き障害として捉えられます。
 こういった読み書きの困難性がさまざまな学習に影響を与えます。小学校の高学年になっても、1年生の子が読むように非常にたどたどしい読み方が続くことがあります。
 その結果として書けないということも起こります。このような状態が『読み書き障害』と判断されます。これが『SLD』といわれる子ども達です。これは狭義の意味のLDであり、医学分野の定義では、学習障害に該当するものを「読み書き障害」、つまりSLDに限定しています。教育でいうLDは、これより広い問題を持つ子を示し、認知による学習の困難を示す子ども全体をさしています。
 
5 ブライトLDとは
 LDの中にはブライトLDと呼ばれる一群が存在します。知的能力の高いLDで、読むこと、書くこと、または算数障害の障害のみの障害で、障害というより認知の個性としてとらえた方がよい子どもたちです。ことばを変えて表現したものがSLDです。エジソンやアインシュタイン、トム・クルーズなどがその代表です。アメリカのLDのための私学であるボストンのランドマーク・スクールやハワイのアセッツ・スクールで学ぶ子ども達の多くは、このブライトLDまたはSLDが対象です。これらは、高校生や大学生になってから発見される例も少なくありません。これに対し、低い能力のLDもいることを理解しておく必要があります。この場合、知的な問題を限りなく多く持っており、読み書きにとどまらず、全ての学習で問題を示す可能性があります。援助の方法が異なり、ブライトLDの方が指導効果を期待できます。
 
6 幼児期のLDサスペクト<ことばの遅れからLDへ>
 今から10年ほど前、ことばの遅れを主訴に相談に来たお子さんがいました。その子は指導によってことばが出るようになり、よく話せるようになったため指導を終了しました。ところが、その子が5年後にLD児として再び相談に来ました。
 ここでは、もう大丈夫だと思った子どもが小学校に入ってから、どうしてLDの症状を訴えるようになったのか、その実体を考えてみましょう。
 調べなおしてみると、その徴候は3才か4才の時にすでにありました。しかし、その徴候に気づかなかったのです。言語はことばで伝える、ことばで記憶する、ことばで考える、というように発達し、学校教育で必要とする言語、つまりアカデミックスキルのための言語の準備に入るのですが、この段隋以降に問題を示すのが、言語性のLD児です。
 言語性のLD児の幼児期をさかのぼって調べてみると、「ことばの遅れ」を示した子が多く、3歳ころにおしやべりができるようになっています。また、知能は低くなくことばのみ遅れることから、「特異的言語発達遅滞(言語が特異的に遅れる)」と診断された、という子が多いのも特徴です。1歳半及び3歳半健診で、ほかの領域の発達に比べことばの発達面が遅い子は「LDサスヘクト(疑われる子)」として経過をみていく必要があります。

<幼児期にLDが疑われる子どもの特徴>
 @知的な遅れはないのに、どことなく気になる子
 A落ち着きがない子
 Bぼんやりしていることが多い子
 Cことばの遅れがあった子       ・
 Dできることと、できないことに大きな差がある子
 E先生の指示がなかなか分からない子
 F聞き返しが多い子
 G理解は良いのに、ことばの数が増えない子
 H物の名前を覚えるのが苦手で「あれ、それ、こんなの」
  など、指示代名詞が多い子
 I発音の誤りやことばの言い誤りがある子
 J友達と遊べない子
 K集団に入りにくい子
 L微細運動や粗大運動が不器用な子
 M何でもすそ忘れる子
 N周りの刺激が気になり、人の話を聞いていない子
7 大脳機能とLD(感覚系の統合)
 LD児が示す神経心理学的特徴を理解するためには、その基礎となる感覚系の統合機能についての理解も必要です。
 例えば「ことばの理解が悪いのか」とか「なぜ鏡文字を書くのか」「なぜ不器用で、運動の学習が進まないのか」といったことはどうして起こつてくるのでしようか。
 下の図は、下から基礎感覚、知覚、認知機能と階層(ヒエラルキー)になっており、上位の機能は下位の機能に依存しています。このことは下位の機能が成熱して初めて上位が機能するという考え方です。学習は脳の働きを反映したもので、高次脳機能である学習に障害があるということは脳の神経機能に何らかの偏りがあると推定されます。この偏りは、主に基礎感覚レベルにみられ、触覚系に見られる触覚防衛反応(触れられることを嫌がる)、前庭系に見られる平衡機能の問題(バランスが悪い)や固有受容器感覚の障害(痛みなどに鈍い)などがそれにあたります。
 エアーズは大脳皮質のレベルよりも、皮質下の水準の働きを重視し、脳幹が十分に成熱することが精神発達や認知発達の基礎となると述べています。LDが示す不器用さ、落ち着きのなさ、コミュニケーション障害等は、感覚系の統合機能の歪みに影響されています。
8 大脳機能にもとづく分類
 LD児の分類には、左脳を中心とする聴覚言語系と右脳を中心とする視覚運動系、さらに記憶系に分ける方法があります。この考え方は大脳の働きの違いに基づいています。しかし、LD児が抱える中枢神経系の問題は、幼児期・学童期のLD児の大脳機能がまだ未分化な部分を持っていることや、左右の大脳統合がうまくいっていない結果であるという捉え方もあるので、一槻に左右どちらかの障害に限定することは出来ません。
 
9 左脳と右脳
 左側の脳の前頭葉、側頭葉の部分を合わせて言語野と呼ばれていて、言語にとっては最も重要な場所です。ここが事故や病気などで侵されると失語症を生じ、言語やコミュニケーションに重篤な問題を持ちます。LDでは、左脳の機能障害ほど困難な問題はありませんが、左脳の機能低下が疑われております。それが聴覚言語系の問題を示し、聴覚言語系の問題は、語理解の困難、発音障害、文法障害、論理思考の困難などにつながっていきます。そして、教科学習上では、国語の内容理解が出来ない、算数の文章題ができないというように学習上の問題に広がっていきます。
 右脳に問題を持つ場合、または左右の脳の働きが悪い場合には、視知覚認知に問題を示し、図一地の混乱、方角の混乱などが見られます。教科では国語の書字、読字に困難を示し、算数では図形や面積や体積などが苦手、図画では描画がうまく出来ないなどの学習上の問題が起こります。
 また、右脳に関しては最近研究が盛んになっています。LDの関連でいうと、視覚や空間認知の問題以外に、冗談・皮肉・ユーモアなどが伝わりにくい、他者の意図を理解する能力に欠けるなど、右半球が特異とする能力に問題を持つケースが多いことが指摘され、視覚認知障害以外のこのような右半球の機能障害の示す子どもを非言語性LDとしてとらえようという見方もあります。
 そこで、右脳機能について、少し詳しく述べようと思います。
 
10 右半球機能とLD
 子どもの発達性の障害と考えられているLD児にも後天性の右半球障害と同じ症状が顕著に見られる場合があり、注目され始めています。成人の後天性疾患が原因で起こった右半球機能低下の症状を列挙すると、下記のようになります。後に触れている語用論(言語の運用)の問題を典型的に示します。
 
    ・情報をまとめる力が弱くなる
    ・重要なことと重要でないことの区別が出来ない
    ・文脈が読めない
    ・比喩的表現を字義通りに解釈する
    ・語用論の障害、すなわち言外の意味が取れない
    ・ユーモア、皮肉などの理解が困難となる
    ・場所、時間、状況に対する見当識障害が見られる
    ・判断力や問題解決能力の障害がある
 
 研究が進むにつれて分かってきたのは、右脳はサイレントエリア(沈黙の場)ではなくて右側は左側をサポートしている重要な脳であることです。
 右脳と左脳の関係はげんこつを作って左右対称に置いたというような関係ではなく、右脳が左脳を抑えているという関係らしいのです。すなわち、左脳が猪突猛進しないように右脳がそれをコントロ←ルする働きをするのです。このように右脳は理性的に行動するように働きかけるので、「社会性の脳」とも言われ、左脳を抑えているのです。
 
 右脳には、社会性に関連する能力があるので、状況判断などを含めて、うまくコントロールできないと様々な支障が生じてきます。これを野球にたとえると、左側がピッチャーで右側がキャッチャーの役割になります。右側の脳にたとえたキャッチャーがベテランだと、左側の脳にたとえたピッチャーが新米でも、上手にコントロールして、1回から9回までもたせてくれて、ピッチャーに自信をつけてくれるということになります。このように右脳キャッチャーはとても大切なポジションと言えます。野球では、この女房役のキャッチャーのレベルが低かったり、素人だったりすると、よいピッチャーをつぶしてしまうということになります。この二者の関係を眺めてみますと、キャッチャーの方が大切になります。このキャッチャーを脳で言うと、右半球だということです。
 注目を浴び、脚光を浴びるのは左脳、つまりおしやべりをする人の話を理解する脳なのですが、脚光を浴びている左側を上手に動くようサポートしているのは、反対側の右脳なのです。この右脳の働きに注目されるようになったのは、実はここ10年の間です。
 先にも述べましたが、右脳の弱いLDの存在も仮定され、この意味で言語性LDに対し、「非言語性LD」という存在が注目されてきています。
 
 
11 聞く力とLD −ことばとして聞いていない−
 LDの子どもたちには『聞く力が弱い』という特徴もあります。耳は確かに聞こえているのですが、『日本語をしっかり、日本語として聞いていない』のです。
 いいかえれば、ことばをことばとして聞いているのではなく、意味のない音として聞いているといっても過言ではありません。
 言語性LDでは、語音の認知が悪いケースが多いのですが、脳の中では音の違いを弁別するシナプスがあることがわかってきました。「パ・バ行」、「タ・ダ行」、「カ・ガ行」という破裂音がありますが、この音の違いを弁別するシナプス(神経接合部)に問題があり、違いを判断できないため、意味がとれていないということが米国の研究で明らかになってきました。
 「パ・バ」で説明すると、どちらも同じ口の大きさですが、『バ行』は声帯を振動させながら、息を強く出しますが、『パ行』は声帯を振動させないで、息を強く出すという違いがあります。この少しの差が理解できないのです。そのために、「あの子、聞き返しが多い」「聞き間違いが多い」ということが起こってきます。
 
12 カクテル・パーティー効果
 私たちは、広いパーティー会場の中で、人のざわめきや音楽の聞こえる中でも、少し離れたところにいる知人と会話することができます。これは、いくつも同時に聞こえる音やことばの中から、自分の聞こうとすることば(音)のみを選んで聞く力(音の選択性)が備わっているからです。これをカクテル・パーティー効果と呼びます。この力は、聴覚的注意力と関連し、LD児には、この音の選択性に問題を持つ子どもがいます。この場合、いくつも音や話し言葉は、同時に、同じように入ってくるために、聞き取らなければならないことばも他の雑音と同様に処理されてしまいます。言い換えると、必要なことが聞き取れないことになります。
 LD児が、個別で指示をした場合にはよく理解できるのに、一斉授業での指示がよく分からずにぽかんとしているのは、このようなカクテル・パーティー効果が弱い子です。
 このような子どもが教室にいる場合、教師はことばによる一斉指示だけではなく、要点を板書することや、個別に指示が理解できたかどうかを確認するという配慮をすることで、LD児の学習を援助することができます。
 『聞きにくい』という問題がある場合、どういうことに注意すれば聞きやすくなるでしょうか。まず、いつも相手のことばにしっかり耳を傾ける練習が必要です。そのためには、まず相手の顔をしっかり見ることが必要になります。『今、あの人が自分に話をしているので、話し終わるまで、その人の顔を見ていよう』という気持ちが大切です。
 これは、何も『目線を合わせる』ということを言っているのではありません。人がお話をしている間、最後までずっと、落ち着いて聞こうとする態度の問題です。注意力・集中力がない子というのは、最後まで聞けていません。
 聞く練習をするにあたっては、一人一人の子どもの集中力が何分くらいなのかを考えるべきです。
 
13 LD児にみられる視知覚の問題
 早くは、幼児期から、絵が描けない、積み木で形を作るのができない、というようなことから兆しを見つけることができます。小学校に入ると文字がうまく書けず、鏡文字や文字の形がばらばらで何を書いているのか分からないなどが見られると、視知覚認知に何らかの問題を持つ非言語性LDが疑われます。
 視知覚系に問題を持つ非言語性LD児の場合、視覚の問題(遠視・乱視)があることが多いようです。遠視では、常に目のピント合わせの機能を使って遠くを見ることが読みの問題とつながっています。また、ピントあわせがうまくいかないことが本読みに影響を与える場合があります。
 一つのものを見るとき両眼をうまく操作する幅榛(ふくそう)といわれる力、動いているものを追う動体視力の機能である追視の力や、ある一点をじっと見つづける注視の力などに問題が起きやすくなります。同時に視覚的ストレスがかかりやすく眼精疲労が起きやすいことが、学習面に大きく影響を与えています。
 視覚認知に関して部分と全体の把握や、錯綜図の把握、形の弁別・形の恒常性、ほかに目と手の協応などに問題が見られ学習上の読み書きに大きな問題を残します。
 また、一般的に視知覚系の認知能力に弱点を持つ非言語性LDの子どもは、全体的な把握や、場面の把握が弱いため、TPO(時、場所、状況)に応じた適切な行動をとることも下手で、社会性の問題としてこれらの特徴がでることがあります。
 
14 図と地の弁別
 私たちは、自分が見たいターゲットにだけ焦点を合わせる能力を持っています。見たいものや見なくてはいけない「図」にだけ注意を払って、選択してみる能力が備わっています。その図の背景にあるものを「地」と呼びます。
 次の有名な絵は、よく心理学の教科書に載っており、図と地の関係を表すのに使われます。下の絵は視点を変えることによって二人の人間が向かい合っているシルエットの顔が見えたり、花瓶に見えたりします。このように脳の視覚情報処理には、さまざまな背景から見たいものだけ注意を向ける力が備わっています。
しかしLD児には背景(地)から見たいもの(図)を選択することが困難な子どもがいます。
 
15 形の弁別・恒常性
 大脳の視覚情報処理は、複雑な作業を一瞬のうちに解読し、正確に導く機能を持っています。例えば、線の傾きや長さ、線同士の長さや角度の関係を理解し、ある形として意味あるものとして理解する働きをしています。LD児にはこの形の弁別や恒常性が理解しにくい子どもが多く、文字の汚さ、形の不統合さ、漢字に見られる偏とつくりの混乱、鏡文字、筆順の混乱などにつながっています。下の図のように線が重なり合っていると、重なり部分にまどわされて基本の図形をたどれず、そのため何を見ているのか分からなくなってしまうということが起こります。
16 眼球運動の問題
 LD児には、眼球の動きに問題のある子どもがいます。それをテストするためには、LD児の目の前約30cmのところに鉛筆を持っていきます。この鉛筆の芯の動きをまっすぐ前を向いたまま目で追ってもらいます。眼球の動きに問題のある子どもは、最後まで鉛筆の芯が追えずに、途中で眼球が元に戻ってしまうのです。
 生活場面を例にとると、「ほら、ヘリコプターよ」と指さして言うと、「どこ?どこ?」と空を探します。また、「ほら、あそこにワゴン車が走ってるよ、あそこ、あそこよ」と指さして言うと、車の列の中からワゴン車を見つけようとします。しかし、「見えないよ」とか「ないよ」と視線がそこにいかないタイプの子どもです。
 こうした子どもでは、つい「何でこの子だけ探せないのか」と言いたくなります。しかし幼稚園児の中にはまだ、こうしたことにすぐに視線がいかない子どもがいますので、あまり心配はありません。「正常だ」といえる子どもも多いのです。眼球運動は幼児期では皆そのようなものです。
 しかし、目的物がすくには探せない状態が小学校に入っても続く場合は要注意です。これは、眼球運動に関する脳の神経系に問題があるのです。
 
 
17 文字がうまく書けない理由
 LD児には、砕から文字がはみ出したり、文字の大きさがバラバラであったり、偏とつくりが離れていたり、跳ねるつもりがハネにならないといった「書き」に関するスキルが上達しない子どもがいます。いつまでたっても文字がうまくならず、汚い読みにくい文字になりがちです。これは手と日の協応動作がうまく働かないというのがその一因です。
 また、いつ書いても点と線や偏とつくりが逆転したり、筆順がメチャクチャであったり、ある文字が鏡文字になってしまうタイプの子どもです。これは、もちろんひらがなだけではなくて、漢字も逆転する子がいます。このような場合には、左右障害との関係が疑われます。また、文字では「さ」と「き」が似通っているので間違えるということがあります。「ね」と「ぬ」なども似ているので間違える場合です。これは視覚認知や視覚記憶の弱さと関係があります。
 
18 記憶の弱さ
 私たちの記憶は、頭に入って3秒から10秒の間だけ残っている記憶があります。感覚記憶といいます。たとえば、電話番号を一時的に記憶する程度の記憶です。それよりも少し長い記憶で10秒から1分くらいまでの記憶を短期記憶といいます。これは別名ワーキングメモリーともいい、このワーキングメモリーは、情報が入ってきたとき、これまで持っている記憶と照らし合わせる、計算するなどの作業をする問だけ覚えておくという記憶です。このワーキングメモリーは、リハーサル(頭の中での繰り返し)を無意識のうちにしています。その中で、十分学習されたものが長期記憶となっていきます。
 この長期記憶の中でも意味記憶が最も大切な部分で、これが、知識となっていきます。
 40歳を過ぎる頃から記憶が弱くなり、思いついて何かを取りに言ったはずなのに「あれ?何をとりにきたんだろう」という体験をしたことがある人は多いはずです。これは、加齢による記憶力の低下による現象です。しかし、これが10代から20代の記憶のよい時期に起きると、学習に大きな影響を与えてしまいます。
 記憶の弱い子には、覚えようとする途中で忘れる、覚えたと思ったのにもう忘れてしまうということが起こってしまいます。ワーキングメモリー自体を伸ばすことはなかなか難しいのですが、「自分は忘れやすいから、メモしておこう」「口の中で唱えて、意識して覚えるようにしよう」というように、記憶に注意を向けることを教えることで、記憶の弱さを補うことができます。
 
19 指一本の記憶 一既知感−
 ところがLDの子どもの中には、『忘却』が起こる可能性の強い子どもが多くいます。ほとんど、『忘却の彼方に消える』と言いたいほど『何も頭の中に残らない』という子どももいます。
 そこで、記憶のポイントは何かというと、それは『指1本の記憶』です。
 LD児の指導では、『せめて指1本の記憶でも残ってもらいたい』と考えます。これを我々は、合い言葉にしていて。『FOK』と呼んでいます。
 これは、『Feeling of knowing』といって、『既知感』のことで「そういえば聞いたことがある。」というような意味です。
 例を挙げて説明すると、ある時学生に「スピードって知ってる?」と聞かれたことがありました。「スピード?何それ」「ほら、沖縄出身の歌手…」「ああ、聞いたことある、そういえば・・・」、「じやあ、パフイーは?」「パフイー?それも知らない」しかし、しばらくして「どこかできいたことのある名前だな。ああそうか、2人組の歌手だったかな…」と思い出します。これが、『指1本でひっかかっている記憶』でFOKといわれるものです。
 このFOKの強い人は、一般教養に強い人傾向があります。一般教養試験はたいてい三者択一とか四者択一、五者択一で「この中から正しい者を選べ」というような問題が多く出題されます。「これは違うな。これは怪しいぞ。このうちのどちらが○かな。」などといったことで○×を決める人がいますが、これが、FOKの残っている人だといえます。正解であっても自分では「山勘が当たった」と思っていますが、どれが正しいかを正確に覚えてないのです。実は、これはほとんどが山勘ではなくて『指1本で引っかかっている記憶』なのです。
 
20 メタ認知一学習を効果的に進めるカ、LDを補う力
 LD児はメタ認知に問題があり、学習面のアカデミック・スキルや友達関係や学校生活でのソーシャル・スキルに大きく影響を与えています。
 メタ認知について、もう少し説明しましよう。
 学習というシステムは、ターゲットになる知識やことばそのものの他に、これらの知識やことばの周辺にあるファジイな情報も含めて吸収していくことで、内容を豊かにしていきます。この内容豊かに学習を進める力として、メタ認知、メタ記憶、メタ言語が注目されるようになってきました。
 LD児は、学習のシステムの障害と説明されますが、このメタ認知やメタ言語にも問題を持つといわれています。「メタ」ということばは変える、変容する、次元が高いものというような意味合いで一般的には接頭語として使われます。
 メタ認知を働かせるとは、情報をすべて覚えるのではなく、重要なものから順位をつけ、必要なものとそうでないものに分けていくことや、すでに獲得している知識と今入ってきた情報がどのような関係にあるのかを照合したりする力をさします。また、「自分が知らないということを知る」裏返すと「知っていることを知る」いう意味もあり、己の実力や限界を知ることにつながります。メタ認知が活用されることで、少ない学習でも学んだ事柄を整理したり、相互に関連づけを行ったり、知識に重みづけをすることができ、効率よく学習を進めることが出来ます。
メタ言語も同じ働きを指し、ことばの意味や使い方をより柔軟にする働きがあります。
 LDは、早期発見し、早期から指導をすることで、自分なりにうまく生きていく方法を見つけていくことが可能です。脳に原因があるということで、感覚統合などのアプローチを行い、脳を改善させていくことも一つの方法ですが、ある年齢に達してからでは、効果が難しくなります。
 脳をよくすると考えるよりむしろ、早期に適切な教育を開始し、自分で弱いところが認識できたり、「どうやってプラス思考にもっていくか」ということを教えられれば、LDを持ちながらよりよく生きていけます。先に述べたメタ認知を育てることで、自分の弱さを補うことができるのです。
 
 
21 LDにみられるコミュニケーション障害
 LD児には、コミュニケーション障害が多いのも大きな特徴です。
 どのようなことが、コミュニケ←ションの障害として考えられるでしょうか。
 
@一方的に話し、他人の話が聞けない
A聞こうとすると次のことばを忘れてしまう
B聴覚的フィードバック回路が弱い
C論理的に整理して話すことが出来ない
D前後の文脈に関係なく伝えたいことだけを話す
E用語の誤りに気づかずトンチンカンなやりとりになる
(自分がしやべっていることを自分の耳で確認できていない。間違ったことを言ってもそれに気づかない。)
 
 このようなことが考えられ、これらが重なり合ってコミュニケーションの障嘗が起こってきます。また、次に述べる語用論の障害は、更にコミュニケーションの問題を大きくします。
 
22 語用論
 コミュニケーション障害の立場から意味を考えるのが、語用論です。ことばによるコミュニケーションをそのことばが使われている場面、会話をしている人々とその背景を含めて、そこで言われたことばが何を意味しているかを研究する学問領域です。
 音韻、意味、統語の三側面は言語のスタティック(静的)な面の研究であるのに対し、語用はそのことばが使われる文脈や状況によって意味が異なること、また発話者の意図を理解する(推察する)などを会話という時間的変化の中で瞬時に処理する必要があるなど、人と人とのダイナミック(力動的)な関係を含んでいます。意味論と語用論の関係をみると、意味論は言語の抽象的意味や意義を扱っているのに対し、語用論では、与えられた状況で話し手と聞き手の間に働く伝達能力をみています。これは、ことばを発する人の意図や気持ちを表すものであり、話し手が、相手に何を伝えたいのかが重要であり、また聞き手がそれをどう解釈するかが問題となります。ことばをその文字通りに表面的に分析するのではなく、話し手中間き手の問を行き来するものとして、よりダイナミックな観点から捉えています。LD児の抱えるコミュニケーションの障害の大きな部分にこの語用論の障害があり、学習のみならず、友人関係やその他の社会生活でのソーシャルスキルの側面を含めて影響が大きいのです。
 また語用論は、発話者の真の意図や聞き手の受け取り方といった意味論や統語論では説明しきれない部分を扱っているがために、その時々によって意味が変わる曖昧なものとなっています。
 LD児がよく意味を取り違える例をあげてみましよう。「ちょっとお風呂見てきて」と母親に言われ、お風呂場を単に見に行きます。場加減を見るとか、お揚が一杯になっているかという母親の発言の真の意図が伝わっていないのが分かります。言外の意味の解明に焦点が合っており、文脈の正しい読み取りが必要となります。
 語用論的障害の中に、「冗談が通じない」とか「他者の心情がわからない」「友達関係が悪い」とか「社会性に欠ける」という問題があります。左右両方の脳が関係することですが、どちらかと言いますと、右脳の影響をうけている能力です。
 意図の読み取りの失敗例をあげましよう。ここは学校の教室です。みんなで黒板の文字をノートに書いている途中ですが、ある子どもが間違った文字を消そうとして筆入れに消しゴムが入っていないことに気づきました。そこで、となりの席の友だちに「消しゴム、持っている?」と聞きました。この場合、消しゴムを忘れた子どもは、となりの友だちが消しゴムをもっているかいないかを知りたいのではなく、「間違った字を消したい」と思っており、「消しゴムを借りて字を消す」ということが最終目的です。常識では、「消しゴム、持っている?」と言うと、その人の意図に反応して、それを聞いた人は消しゴムを貸してくれます。もしとなりの席の友だちが「うん、持っているよ」とだけ答えて消しゴムを出さないとすれば、おそらく『気が利かない』、『通じない』、『社会性が欠けている』と言われるでしよう。
 この問答を言語学的にみると「持っていますか?」と聞かれて「はい、持っています」と答えているのでどこも間違っていません。
 このとき、消しゴムを忘れた子どもがとなりの友だちに「実はばく、字を間違ったので消して直したいと思っているのですが、筆入れの中に消しゴムが入っていなくて因っています。君も、学校に筆入れを持ってきていて、おそらく消しゴムを持っていると思うのですが、もし持っていたらばくに貸して下さい」と言ったら消しゴムが出てきたかもしれません。
 しかし、これに似たようなことを、40人学級で先生が子どもに向かって言ったとすると大変です。40人のうち一人だけが、「ああそうか」と聞くとしても、後の39人はあくびをしてしまいます。そして「うわー、先生しつこいわ。分かっていることをわざわざ何度も言って…」となります。左右脳のバランスのいい子どもは状況が分かりますから、文脈の読み取りが簡単にでき、ことばの前後から判断するため、ここまで詳しく話さなくても分かります。
 こうした問題は、LDだけの問題ではありません。例えば、「あの人は冗談が通じない」とか、「あの人は何でも本気にするから、話すときは、それに気をつけて話さないと・・・」という体験をされたことがあるでしょう。語用論に関しては、程度が問題になります。先に述べた高機能自閉症児では、語用論の障害が顕著で、このためのトラブルが多いのが特徴です。
 同じ文が、文脈や状況によって意味が異なってくる場合があります。では、状況や文脈で意味が違うということについて、「僕は、たぬきだ」「僕は、きつねだ」という二人の会話をとりあげて考えてみましょう。前後の脈絡なしに「僕は、たぬきだ」「僕は、きつねだ」ということばを聞いたとします。何だか変な発言ですね。「僕は、人間だ」と間違えているのではないかと思う人もいるかもしれません。
 しかし、これがサラリーマンが昼食時の官庁街での発言であれば、お昼に何を食べようかという相談をしているのだということがわかります。もしかすると、給料日前でお財布の中身が軽い日なのかもしれません。これが、学校の近くの道で、小学生の会話であれば、そろそろ生活発表会が近いから劇の配役の話でもしているのかなと推測がつきます。会話におけることばでは、このように、字面だけでは情報が不足し、状況や文脈といった手がかりから判断して意味を補うやりとりが多いのです。
 文脈や状況に注意を払うことが苦手な子どもでは、意味を取り違え、トンチンカンな会話になってしまいます。LD児はコミュニケーションの場面で、このような失敗も多く見られます。
 語用論では、ことばの内容と同時に意図や気持ちが伝わることに大きな比重があります。
 それを事例でお話しましよう。
 お母さんが庭にチューリップの球根を植えました。そして、毎日何色のチューリップが咲くかなと楽しみにしています。
 ある日、庭から大きな声が聞こえてきました。お母さんの声です。
 「チューリップが咲いた!」お父さんもお姉さんも、お母さんの思いを知っているものですから、走ってきて「お母さん赤いチューリップね」「おまえやったな!」と同じ気持ちで感動しています。これを共感性といい、同じ場面でみんなが共有する気持ちです。
 ところが、「楽しいね」とか「すごい!」と言っているところへLD児のA君が登場します。「チューリップが咲いたよ」「うん咲いてるね。それがどうかしたの」でおしまいです。「どうして、この気持ちがわからないのよー」となるでしよう。状況や文脈からの意味を付け加えることが苦手なLD児にとっては、「チューリップというお花が咲いている」という文字通りの意味だけでおしまいなのです。これでは、チューリップが咲いたことは通じましたが、気持ちが伝わっていないことになります。
 
23 LD児が普通教育を受けるときの配慮
1.教材:読む、あるいは判り易く言い換える
2.視覚的なデモンストレーションを行なう
3.指示:多数回路で与える
4.補助手段の活用:語彙のカードなど
5.視覚、あるいは多感覚的教材の使用
6.記憶を補う手段/記憶する方法を復習する
7.オーバーヘッド/机では概略図の利用
8.小グループ制
9.具体的なレベルの教材
10.成功した経験の強調
11.テープに録音した教材を使用
12.要点のみのテキスト
13.講義をテープ録音する
14.ノートをとってもらう
15.宿題の期限の延長
16.読みの宿題の時間延長
17.想起に熟達するまで時間をかける
18.宿題を少なくする
19.宿題帳を作る
20.勉強する用紙/要約の用紙などを作る
21.ドリルを繰り返しする時間を与える
22.熟達するまで何度も事実を引き出す
23.内容理解プログラムの使用
24.自分をテスト/再テストすることを学ぶ
25.計算機の利用
26.鉛筆/紙を使用する教材の使用を減らす
27.スモールステップの教材を使用する
28.少なくとも一日に10〜20分一人にする
29.仕上がったものについてのみ成績をつける
30.続け字のものより印刷したほうが受け入れられ易い
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