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職業奉仕−各論を中心に−

 本日は職業奉仕の話をせよとの、松下ガバナーのご依頼であります。職業奉仕の話というものは、大変ボリュームがあります。それで本日はいろいろと実例を挙げて、いわゆる各論の話をさせていただきます。昨年の職業奉仕セミナーで、総論と各論の売買の部分の話をしておりますので、その点に関しましては、昨年度の記録を参考にしていただきたいと思います。

 ただ、いきなり各論の話をするわけにもいきませんので、若干イントロダクション的な話から入っていこうと思います。

 ロータリー運動というものは、職業人の倫理運動であります。しかも、それは一業種一会員制で選ばれた非常に良質な職業人の倫理運動であります。この視点を見失うと、ロータリーの職業奉仕というものは全くわからなくなります。またロータリーの社会奉仕と他の奉仕団体の社会奉仕との区別が全くできなくなります。ロータリー本来の社会奉仕とは、いったい何か。それは倫理運動としての社会奉仕ということを考えなければ、ただ金を集めて何かをするというのでは、他の奉仕団体の社会奉仕と何ら変わりのないものとなってしまいます。要するに、倫理運動という視点を見失うと、すべてのことがわからなくなってしまいます。

 それでは、ロータリーの倫理運動というものは、一体どこに書いてあるのか。それはロータリーの綱領にあります。ロータリーの綱領をよく読んでいただければ、ロータリー運動は、倫理運動以外の何ものでもないということがわかると思います。それが証拠に、古来、多くのロータリアンが倫理の提唱をしてきました。一番早かったのは、1911年ミネアポリスクラブの初代会長であったフランク・コリンズが、ポートランドで行われた第2回全米ロータリークラブ連合会の大会で、「私利私欲でもってロータリーに入りたる者はロータリアンと云うことを得ない。ロータリーというのは、“Service, not self”自分を否定して、この宇宙を支配する神の秩序体系のもとに帰依せよ。それがロータリーのサービスだ」と言いました。これが最初の倫理の提唱であります。同じポートランドの大会で、1908年にシカゴクラブに入会したアーサー・フレデリック・シェルドン−ロータリーの哲学者と呼ばれている人であります−が、“He profits most who serves best”「最もよく奉仕するもの最もよく報いられる」と提唱しました。これも一つの倫理の提唱であります。それから、1954年−55年の国際ロータリー会長のハーバート・テーラーが「四つのテスト」を提唱しています。これはかなり我々の日常行動に近いという意味で、やや次元の低いものでありますが、これもまた倫理の提唱であります。

 このように、ロータリーというものは倫理運動であります。倫理運動であるが故に今日まで隆々と栄えてきたこともまた事実であります。
 しかし、初めからロータリーは倫理運動ではありませんでした。最初のシカゴクラブは、自分たちだけが隆々と栄えていこう、楽しいクラブにしよう、といってお互いに助け合って始めた、いわばエゴイズムのクラブでありました。それがやがて、世のため人のためのクラブでなければならない、と方向を転換していきました。

 そして、世のため人のためといっても、当初は、本当に素朴な弱者救済という、困っている人を助けるものでありました。しかしそれは、会員数の少ないロータリークラブのようなprivate associatoinのなすべきことなのか、弱者救済というのは行政のなすことではないか、という反省が生まれました。そこで、我々は職業人だから、職業を通じて何か世のため人のためになることをしよう、という考えが生まれてきたのであります。その延長線上に倫理運動として、世のため人のためにやっていこうという発想がでてきました。そして、1927年に職業奉仕という概念を生み出すに至るのであります。

 最もその概念が生まれる前にも、職業奉仕の実態はありました。同業者がいませんから発想が異なります。彼らは例会に集まって、いろいろなアイディアを出し合って、どんな不況期にも絶対に倒産しない強靱な体質の企業を作る原理を開発して行ったのであります。そして、それを1910年から1915年、このあたりがハイライトでありますが、それから1927年に概念を生み出すまで、自らの企業でこの原理を実践することによって、強靱な体質の企業を作りあげていきました。そういうロータリー的な企業管理論ともいうべき実態に、後から職業奉仕という名前を与えたのであります。

 この関係は、夏目漱石の「吾輩は猫である、名前は未だない」と同じ関係であります。猫という実態がまずあります。そして「吾輩は猫である、名前は未だない」そういう状況が1927年まで続いたと理解していただければよいかと思います。

 どのような不況期になっても絶対に倒産しない原理、その原理の総体を職業奉仕と呼ぶのでありますが、そのことがどうして実証できるのかといいますと、職業奉仕という概念が生まれたわずか2年後の1929年に、アメリカ経済社会を襲った空前絶後の大パニックの時に、ロータリアンは誰一人として倒産しなかったのであります。それは1910年頃から営々と、その原理を自らの企業において実践して、強靱な体質の企業を作り上げていった、その職業奉仕の功徳である、と言われています。

 しかし、ロータリアンは、自分たちだけが倒産しないで栄えればそれでいいのか。それだったら当初のエゴイズムのクラブと同じではないか。と考えがちでありますが、ロータリーの職業奉仕はそこのところも考えております。

 ロータリアンは、職業奉仕の原理を実践することによって、この自由競争の社会で須く勝者となることができる。またならなければならない。そして勝者になったら今度は、その自由競争の敗者の代弁者となって、経済の復興に力を注いでいかなければならない、とロータリーの職業奉仕は説いているのであります。また、その通りに、大恐慌の後の経済復興にロータリアンが非常な力を発揮したことが記録に残っています。

 このように職業奉仕の原理は不況期に強い哲学であります。それでは一体その中身はどうなのか。それが今からお話しする各論の課題であります。

 ロータリアンは、すべて管理者、企業のトップでありますから、自分の企業経営に全責任をもっています。まず、その企業をどのような管理をすれば強靱な体質に育て上げることが出来るか。これが第1の企業内管理の問題であります。その次は、企業というものは、いろいろな下請関係を持ちます。今日下請を持たない企業はまずありません。下請関係についてロータリーの職業奉仕はどのように説いているのか、この下請関係が第2の問題であります。また、ロータリーには同業者がいません。一業一会員制であります。したがって、ロータリアンの企業と同業関係にある企業との関係において、どのような原理を開発しているのか。この同業関係が第3の問題であります。最後に、企業はいろいろな取引をします。取引をすると言うことは、すべて売り買い、売買契約で成り立っています。この売買契約上も、売る前にはどうするのか、売る時にはどうするのか、売った後にはどうするのかという3つの場合があります。ロータリーの職業奉仕はこの3つに分類して職業奉仕の原理を説いています。時間の都合上、この売買契約については昨年の職業奉仕セミナーレポートをお読み取りいただきたいと思います。ここでは、倫理運動の視点から職業奉仕の原理の世界を眺めてみたいと思うのであります。

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