トップページ > ロータリー講座 >職業奉仕講演集 U > ロータリーの歴史を遡る
 
企業発展がサービスに

 シェルドンが定義したサービスとは何か、それを今から解説してみたいと思います。 無償で品物を提供してもらえば、誰でも喜ぶのは当たり前のこと。しかし自分の企業で作った物を無償で渡していたら、必ずその企業はつぶれてしまいます。当たり前のことです。それならばサービスとは何か。日常の企業活動の中で利益が得られるからこそサービスができるのだという次元から、シェルドンはサービスを説いています。
 いかにして継続的な利益を確保するのかを極めるのがロータリーの職業奉仕なのです。こう言うと、新しい会員の方は「えっ」と思われるでしょうが、何もただ安い価格でサービスすることではなく、自分の企業を防衛し発展させることが一番大切なことだと言っているのです。ロータリーの説いている職業奉仕の理念を実践すれば、必ずあなたの事業は伸びますよと言っているのです。それがロータリーの職業奉仕なのです。 経営者の力量が第一には違いない。しかし企業を支えてくれる沢山の従業員の力に負うところは大きいはずです。事業所に品物を納めてくれる下請け業者や問屋さんのおかげでもあるし、なんと言っても品物を買ってくれる顧客がいなければ事業は成り立っていきません。またその地域において普遍的にその事業を営めるのは、同業者がいるおかげでもあるのです。
 したがって自分が事業上得られる幸せや利益は、自分を取り巻くすべての関係ある人々のおかげであることを自覚して、自分が得たprofitsをそういう人達とshareしていくという考え方で毎日の職業生活を営んでいけば、必ずその見返りとして、あなたの企業は適正な利益が確保できるはずです。適正な利益が確保できれば、その企業は必ず永続的な発展が期待できる。これがシェルドンの説く職業奉仕なのです。その見地から考えれば、どんな不況にも耐えうる企業体質を作る理論とも言えましょう。
 不正な手段を弄したり、一攫千金のチャンスを利用して大金を得ることは決してフェアーなことではありません。職業奉仕の理念を実践すれば必ず信用がついてくる。ロータリアンはそのことを自分の事業所で実証することによって、広く同業者に知らしめて、業界全体の職業倫理を高める責任があるのです。
 ただで品物をくれること、安く品物を提供することがサービスではありません。その店に入って、店員が示す接客態度、陳列の状態、品物に対する満足度、アフター・フォローの内容、そういったものを全部含めたサービスなのです。シカゴの町の中でどんどん新しい店ができては消えていく。その中でずっと継続的に営業を続け、さらに伸びていく幾つかの店がある。シェルドンはそれらの発展していく店の共通点は何かを調べて、そこにサービスがあることに気づき、学問的に解析して職業奉仕の理論構築をしたのです。そして後世のロータリアンがそれに数々の事例を加えて、膨大な職業奉仕の事例を作り上げていったわけです。
 ロータリーの職業奉仕の理念が哲学と言われるような完成度の高いものなのか、またそんな古い考え方が現代に通用するのかと疑念を抱かれる方も多いと思います。しかしこの職業奉仕の理念を身を持って実践していたシカゴのロータリアンは、1929年から起こった世界大恐慌に際して、誰一人として倒産する人はいなかったという記録が残っています。
 ロータリーではよくshareという言葉が使われます。「ロータリーをシェアしよう」というふうに。このシェアという言葉はもともとシェルドンが奉仕とは何かを説明したときに使った言葉なのです。profitsをshareすることが、ロータリーの職業奉仕の出発点であることをよく覚えておいて下さい。
 さて、その大会の最終日にコロンビア川を遡るクルージングが用意されていました。今でいう大会のエクスカーションです。それに皆さんが参加したわけです。ほとんど全員の参加者がこれに加わったものですから、ついでに本会議にしようということで急遽、船上の本会議が始まったわけです。次々といろいろなロータリアンが立ち上がって、スピーチをしたり動議を出したりし始めます。その中で創立間もないミネアポリスクラブの会長ベンジャミン・フランクリン・コリンズがスピーチを始めます。そのスピーチの中で出てきた言葉がService,not selfという言葉なのです。
 先ほど述べたように、大会の席上でチェスレー・ペリーがシェルドンの手紙を読みました。その中でHe profits most who serves bestという言葉が出てきました。これは自分たちの事業所における企業経営に奉仕を取り入れることによって事業の発展や企業防衛をしていこうという非常に泥臭い考え方と奉仕とを結びつけた実践哲学です。「ああ、すごいな」ということで皆これに感動したのです。そして引き続いて次の船の中で聞いた言葉はService, not self全然違ったインパクトなのです。「これもまたすごいな」と皆が喜んで、直ちにモットーに採択するのです。一日の時間差で二つの素晴らしい、サービスに対する定義ができた。「ゴールデン・ストランド」ではここのところを非常にオーバーに書いています。
 Service,not selfについてはいろいろな訳がありますが、私はあまり訳にこだわらない方がいいと思います。こだわりすぎると無理に言葉を押しつけるから、本当の意味がかすんでしまいます。シェルドンのモットーとは全く違うスタンスから奉仕を説いているんです。not selfすなわち自己犠牲のもとでサービスするということですね。非常にキリスト教的な色彩が強い表現だということはわかりますが、果たして自己犠牲のもとでサービスが可能かという疑問が浮かんできます。
 大会の席上ではとっさに良いと判断して採択したものの、家に帰ってよくよく考えてみると、自己がないことに気づいたのです。自己が全く見えないのです。日本では「自己滅却の奉仕」なんて訳していますね。また「奉仕第一、自己第二」とかいろいろな訳がありますが、自己を滅却して奉仕することは難しい。やっぱり自己が大切だという意味から、誰言うともなくService above selfの方がいいのではないかということになったと書かれています。シェルドンが言ったという説もありますが。でもフランク・コリンズが生きている間にこれを勝手に変えるわけにもいかず、彼が亡くなった1921年に正式にService above selfに変えられて現在に至っています。
 above selfと言っても決して上にあるんだというふうには考えない方がよいと思います。onとかaboveとかunderとかの前置詞ではなくて、serviceもselfも同じ次元にあるのだから、それを結びつけるための接続詞と考えた方が理解しやすいと思います。自己の存在の上に奉仕があるわけではなく、自分の下に奉仕があるわけでもありません。自分と奉仕の心は全く対等の関係なのです。たとえ上にあったとしても、すぐ上にくっついているのです。太陽と月のように天高く離れた存在ではなく、自己の存在も見えているのです。そう考えた方が奉仕が身近になると思います。

↑職業奉仕講演集Uトップ  
←BACK
 
Copyright (C) 2006-2015 Awaji Chuo Rotary Club All Rights Rserved.