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創世記の記録はあまりない

 シェルドンのサービス学を中核とした一般奉仕概念を確定したロータリーは、ロータリーのモットー、綱領の改正、道徳律などの理論武装をしながら、全世界にその勢いを伸ばしていきますが、ポール・ハリスは1910〜11年に連合会の会長を務め、1912年に名誉会長に就任したものの、その後1926年までは、公式の場にも理論構築の場にも姿を見せていません。この期間に事業を拡張していますから、それに忙しかったとも言えますが、その行動は謎であることだけは確かです。それとこれだけ親密で信用していたシェルドンとの関係、1911年以降は二人の接点は全くないのです。シェルドンが晩年どうなったのかこれも大きな謎です。
 ポール・ハリスの生涯を含めてロータリーの創世記のことを記した文献は非常に少ないのです。ポール・ハリスの少年期だって、彼が書いた3冊の自叙伝を信用するしか方法がありません。父親は倒産を繰り返しているし、彼自身も放校や退学を繰り返すという生活を送っている。それもずっと晩年になって書いた自叙伝だから、惨めな生活も見事に美化して書かれています。ほんとに彼が悩んだことや、都合の悪い部分は見事に抜けている、いや抜かしていると言った感じなのです。
 ロータリーの創世記についても同じことが言えます。記録が全く残っていないのです。後から人が想像した文章ばかりで、それもその出所にほとんどはポールの自叙伝からなのです。公式記録が残っていないばかりに、ロータリーの創立は1904年か1905年かなどという論争がいまだにくすぶっている始末です。
 もっともガイ・ガンディガーの「ロータリー通解」によって、初期のロータリーの定義や考え方の一端を知ることができますし、パーシー・ホジソンの「奉仕こそわがつとめ」、ハロルド・トーマスの「ロータリー・モザイク」などからもロータリーの思想の流れを学ぶことができますが、全体的なロータリーの歴史とでも言いましょうか、ロータリーの巡ってきた経過を書いた本はないのです。
 シカゴ大学から出版された「ロータリー?」という本があります。これは第3者の眼からロータリーを見たおもしろい本です。それと先ほど紹介した「ゴールデン・ストランド」がわりと詳しくシカゴクラブの歴史を書いているのですけれど、新しい発見があるかと思えば、一見しただけで史実とは明らかに異なる部分もいくつか見つかって、すべてを信用してよいかどうか何とも言えません。だけど初期のロータリーの歴史をこれほど詳しく書いてある本はありませんから、ぜひお読みになることを勧めます。
 ポール・ハリスは連合会会長を2期務めた後、名誉会長に就任したことを機会に、カムリー・バンクと名付けた家に蟄居して、ロータリーの第一線から引退した生活を送ります。彼が生まれた町のラシーヌクラブや育った町ウォーリングフォードクラブからのチャーターナイトの招待もすべて断っているし、1921年に初めて海を渡ってスコットランドのエジンバラで世界大会が開かれたときも、このエジンバラが妻のジーン・トムソンの生まれ故郷であるにもかかわらず、彼は行っていないのです。
 さて、今まで沈黙を守っていたシェルドンは、このエジンバラの大会でロータリー哲学という論文を発表するのです。この演説の原稿が最近見つかりまして、日本語の翻訳ができましたが、その内容がものすごく難しいのです。人間関係学からロータリーを説いているのですが、我々が何度読んでも理解できないほどで、その演説を最後にロータリーの世界からシェルドンの名前は消え去ります。

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