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個人の奉仕が主役である

 職業奉仕は運動体管理の視点から見れば、ロータリー運動が基本になっております。そして、国際ロータリーというのは一つの補足的な役割しかありません。ところがロータリアンの奉仕の実践という視点から見ると、これはロータリアン個人の奉仕が主役であって、ロータリークラブの奉仕というものは補足的であります。そしてこの視点から見るかぎり国際ロータリーは全くその位置を見ないのです。
 職業奉仕という言葉は大変奇妙な言葉です。これはロータリー専門用語です。どこの辞書にも載っていません。なぜ奇妙かと言いますと、職業奉仕の「職業」というのは私たちが生きていくための所得を得る手段に過ぎません。したがって、これは自分のためのものです。これに対して「奉仕」は、自分以外の人達のために何かをすることです。これは他人のためのものです。「職業」は自分のためのもの、「奉仕」は他人のためのもの、このエネルギーの方向が全く違う二つの言葉をドッキングさせて、「職業奉仕」といったわけですから、概念自体が非常に不明確であり、わかりにくいのです。
 実はこの自分のための職業が、どうして他人のための奉仕になるのか。もっと砕いて言いますと、どういう考え方を持てば、自分の職業を営む、すなわち金儲けが同時に世のため人のための奉仕になるのか。この一点がわからないと、職業奉仕は永久にわからない。これを論証していくのが本日の私に与えられた課題であろうと思うのであります。
 ではどのような考え方を採ればいいのか。まず奉仕についての最も素朴な考え方から紹介していきたいと思います。これは職業を営むことが奉仕になるのではないかという考え方であります。職業を営むと言うことは、あくまで自分のためのものであり、お金を儲けることであると考えます。したがってその心は奉仕、すなわち世のため人のための心とは全く別の心です。そういう考え方からいきますと、お金を儲ける心と奉仕する心とは全く別の心でありまして、沢山儲けた中からいくらかのお金を、例えば養老院に100万円持っていって奉仕するわけであります。したがって職業を営む心はお金を儲ける心、奉仕の心は弱者救済の心であり、二つの心があって、両者は全く別の心であります。
 ところがロータリーは職業を営む心、すなわちお金を儲ける心は、同時に世のため人のための心だというのです。職業を営む心と奉仕する心とは全く別の心だという考え方を 、講学上二元論と呼んでいますが、実はロータリークラブ以外のアメリカ系奉仕クラブはすべて二元論です。ライオンズクラブ然り、エクスチャンジクラブ、キニワスクラブ皆然りです。職業を営む心はあくまでお金を儲ける心であって、それは世のため人のための心ではないとはっきり割り切っています。したがって職業がどうして奉仕のテーマになるのか、それに答えることができないのです。

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